3-5『横っ腹目掛けて』
隊員E「あれだな」
隊員Eが路地から顔を出して、その先を覗いている。彼の視線の先には、これで四件目となる捜索対象の宿があった。
隊員I「これで四件目ですか。早いトコ見てきましょう、ここも望み薄な気がしますけど」
一方の隊員Iは、隊員Eの背後でめんどくさそうに言いながら、宿には一瞥もくれずに機関けん銃の安全装置や弾を確認していた。
隊員E「……いや、それはどうだろうな」
隊員I「は？」
隊員E「見てみろ」
隊員Iは隊員Eの背中越しの宿を覗き見る。宿の入口前には二人分の人影が見えた。
様子からして宿の周辺を見張っているようだ。
隊員I「あれは、ここの警備隊の連中か？」
隊員E「そうらしいな。……待て、動きがある」
宿の出入り口から、さらに複数の警備兵が慌しく出てくる。
警備兵等は見張りの二人と何かを話し出す。
隊員E「様子がおかしいな」
数十秒間の会話の後、両者は宿の四方へ走り去っていった。
隊員I「なんだあれは、どうなってるんだ？」
隊員E「さぁな、とにかく調べてみるしかない。十分警戒しろ、行くぞ」
二人は路地を出て、建物の壁を伝って行き、宿に接近。宿の側面に駆け込み、そこにある窓から中の様子を伺う。
廊下を覗き込むと、先のホールらしき場に複数の警備兵の姿が見えた。
その場のリーダーらしき女が中央にいて、不機嫌そうな顔で何かを喚き散らしている。
隊員I「なーにをやってるんだアイツ等は？」
どうにもリーダーの女は警備兵達を叱っているようだった。
リーダー女の小言は途切れる気配が無く、警備兵達の顔にはうんざりとした表情を浮かべるものが散見された。
隊員E「しばらく捌けそうに無いな……一階は後回しだ。先に二階を調べよう。先に上がるからブーストしてくれ」
隊員Eは隊員Iの助けを受け、宿側面の壁を登り、二階の窓へと手をかけた。
片手で機関けん銃を構えながら、中を覗き込む。
窓の向こうは二階の廊下で、幸いにも廊下に警備兵は居なかった。
窓を乗り越えて廊下に降り、後続の隊員Iに手を貸し彼を引き上げた。
隊員I「二曹、そこの部屋」
隊員E「分かってる」
両名の視線は、入ってきた窓から一番近くにある部屋に向いた。
扉が開け放たれ、内部の明かりも灯されたままだったが、人の気配が無かった。
二人は機関けん銃を手に、周囲を警戒しながら中へ入る。
隊員E「妙だな……」
隊員Eは目線と銃口を常に同じ方向に向けながら、部屋内を見渡す。
部屋の所々に荷物が置かれ、少し前まで人がいた形跡がいくつか見て取れた。
隊員I「二曹、これを」
隊員Iは壁に置かれた机に目を落としながら、隊員Eに呼びかけた。
そしては机の上から何かを手に取り、隊員Eへ示してみせる。
隊員Iが手に取ったのはシャープペンシルだった。机の上にはボールペンやノートも置かれている。
どれもこの世界の物とは到底思えない。
いや、それ以前にボールペンやノートに書かれた日本語が、それらがこの世界のものでは無い事をはっきりと示していた。
さらに机の脇には、アルファベットのロゴが入った鞄が置いてあった。
隊員E「邦人のものか」
隊員I「まず間違いないでしょう」
隊員Iは鞄の中身を机の上にひっくり返し、出てきた財布を開いて中を調べ出る。
隊員I「当たりです。見てください」
財布の中から免許証や保険証などの身分証名称が出てきた。
隊員Eは免許証を手に取り、顔写真と記述内容を確認する。
隊員E「院生……写真も聞いた容姿と同じようだ。住所は都内になってるな……他には？」
隊員I「目ぼしい物はこれだけです」
隊員E「重要な物だが、これだけじゃダメだ。肝心の本人の居場所が分かるような……」
その時、廊下から足音と話し声が聞こえてきた。
おそらく一階にいた警備兵達だろう。話し声と足音はだんだんと近づいてくる。
隊員I「チッ、こっちに来るな」
隊員E「隠れろ」
隊員E等は部屋の隅、入口の死角へと隠れる。
凪美兵長B「クソ、なんたる失態だ！」
凪美兵E「まだ遠くには行っていないはずです、すぐに見つかるはずです兵長」
警備兵らしき二名は入口の少し前まで来ると、そこで立ち止まり話し出した。
凪美兵長B「そんなのは当たり前だ！そもそもお前たちがカウンター内にすぐに注意を向けていれば、こんな面倒な事には……！
まったく使えないッ！」
凪美兵E「ッ……はぁ」
凪美兵長B「おい、聞いているのか！？」
だが特に内容があるものでは無いらしい。
リーダーの女が、警備兵に失態を押し付け、文句を言っているだけのようだった。
隊員E「あの二人を捕まえて情報を聞き出そう。
一人は俺が抑える。お前はもう一人を無力化しろ」
隊員I「殺しても？」
隊員E「……止む終えない限り、殺害はするな。情報源は多いほうがいい」
隊員I「了解」
リーダーの女の小言が終わったらしく、扉の前の二人が部屋内へと入って来る。
すかさず隊員Eは、先に入口をくぐった凪美班長Aに背後から襲い掛かった。
凪美兵長B「ぐッ！？な……！？」
隊員E「動かないで」
突然首に腕を回された凪美兵長Bは目を見開く。
凪美兵E「兵長ッ！？」
凪美兵Eは凪美兵長Bを助けようと剣を抜こうとするが、脇から隊員Iが凪美兵Eに襲い掛かり、それを押さえ込んだ。
凪美兵D「うッ……！？」
もがく凪美兵Dの喉元に銃剣の切っ先を突きつける。
隊員E「抵抗せずいう事を聞いてくれ。そうすれば危害は加えない」
同様に、隊員Eは凪美兵長Bの喉元で銃剣をちらつかせている。
隊員E「我々は――ごッ！？」
前口上を終え、本題に入ろうとした隊員Eだったが、その直前、隊員Eの鳩尾に鈍痛が走った。
凪美兵長Bが肘を繰り出したのだ。
この凪美兵長Bという人物は想像以上に短気であるらしく、隊員Eの言葉を聴こうとすらせず抵抗してきたのだ。
これは隊員Eも想定外だった。
隊員Eが一瞬ひるんだ隙に、凪美兵長Bは身をよじり、隊員Eに掴みかかった。
隊員I「！」
凪美兵長Bの抵抗により、隊員Iの注意が逸れる。
凪美兵E「ッ！このッ！」
それを見逃さなかった凪美兵Eは、同様にもがき、肘を振るい、隊員Iの胸部を突いた。
そして隊員Iはあっさりと凪美兵Eに突き飛ばされる。
凪美兵E「よしッ！」
好機と見た凪美兵Eは抜剣の体勢に入りながら振り向く。彼はこのまま背後の隊員Iを切り裂けるはずだった。
だが、
凪美兵E「ん？」
振り向いた彼の目に飛び込んできたのは、不可解な黒い物体。中央には穴が開いている。
それが何かを彼が理解する前に、バンッ、と炸裂音が響いた。
凪美兵E「ビャッ」
同時に彼は眉間から血を、口から悲鳴ともつかない声を上げた。更に二回、三回と連続して炸裂音が響く。
炸裂音に合わせて凪美兵Eの顔面からは新たに血が噴出してゆく。
そして彼は床に仰向けに倒れこんだ。
隊員I「……」
倒れた体を隊員Iがいつもと変わらぬ表情で見下ろす。
伸ばされた彼の右腕の先には9mm機関けん銃が握られている。
彼があっさり凪美兵Eから離れたのは別に突き飛ばされたわけではなく、下手に抵抗を押さえつけて銃剣での攻撃を行うより、
一度離れて機関けん銃による攻撃を行うほうが、安全かつ確実だと判断したからだった。
隊員E「よせ！おとなしくしろ！」
一方の隊員Eは、即座に持ち直し凪美兵長Bに応戦したものの、両者は床に倒れこみ、銃剣の取り合いとなっていた。
凪美兵長B「曲者風情が！この私に……！」
隊員E「よせ……！くそッ！」
隊員Iはそんな両名にツカツカと歩み寄ると、凪美兵長Bの横っ腹を思いっきり蹴飛ばした。
凪美兵長B「ごぅッ……！？」
凪美兵長Bの体が一瞬宙を舞う。
そして内臓にまで達した衝撃に苦悶の声を漏らしながら、凪美兵長Bは床に放り出される。
隊員Iはすかさず凪美兵長Bとの間合いを詰め、放り出された凪美兵長Bの左足を思いっきり踏みつけた。
凪美兵長B「いぎぃッ！？」
ボキリと、左足の頚骨が折れる音がし、凪美兵長Bは悲鳴を上げて体を仰け反らせた。
隊員I「大丈夫ですか、二曹？」
凪美兵長Bの無力化を確認した隊員Iは、隊員Eに目を向ける。
隊員E「ッ……ああ、すまん助かった」
危機を脱した隊員Eは、息を若干荒げながらも起き上がって礼を言った。
店主「あの、兵長殿……！今の音は何事でしょうか？」
その時、二階が騒がしい事を不審に思ったのか、階段の下から店主の声が聞こえて来た。
隊員I「大したことじゃない。兵長殿は部屋の捜査中だ、邪魔をするな！」
隊員Iは廊下の先に向けて高慢な口調で叫んで見せる。
店主「は、はい！分かりました……」
すると店主は返事だけよこして、二階へ上がってくる事はなかった。
隊員I「高慢な態度のツケが回ったな」
隊員Iは痛みに悶えている凪美兵長Bを横目にそんなことを呟く。
隊員E「隊員I、彼女を拘束するぞ。ベッドのシーツを寄越してくれ」
隊員Eはシーツを破いて紐状にし、凪美兵長Bの手足を拘束した。
隊員E「よし。隊員I、見張ってろ！」
隊員Iに見張りを任せ、隊員Eは拘束した凪美兵長Bを壁に押し付ける。
そして彼女の銃剣を首筋に突きつけ、問いかけ出した。
隊員E「おい、話は出来るか？下手な動きはするな、質問にだけ答えてもらう」
凪美兵長B「な……何……？」
痛みに顔を歪ませつつも、凪美兵長Bはこちらの言葉に反応を見せた。
隊員E「この部屋に三人組の女性が泊まっていたはずだ。その人達はどこへいった？」
凪美兵長B「な！？なんだと……？我々以外に……貴様等、一体何者だ！？」
隊員E「我々の質問にだけ答えてもらう。そちらの質問は受け付けない」
隊員Eは冷淡な口調で言い、凪美兵長Bの喉元に銃剣を寄り強く押し付ける。
凪美兵長B「ッ……！」
隊員E「素直に答えれば怪我を処置しよう。その後は少しの間どこかに閉じ込めさせてもらうが、命は保障する。
だが答えなければ……」
凪美兵長Bの首筋から、血がぷつりと一滴滲み出す。
凪美兵長B「……あ……」
凪美兵長Bの顔は青ざめてゆき、やがて恐怖と痛みで虚勢を張る気力も無くなったのか、彼女は口を開いた。
凪美兵長B「……一人は我々が捕らえている。だが後の二人の行方は私も知らない。
我々がここへ来た時にはすでに片方はいなかったようだし、もう一人にも逃げられてしまった……」
隊員E「その逃げていった人物の容姿は分かるか？」
凪美兵長B「私は見てはいないけど、黒髪の異国の娘だと部下が言っていた。
上からの通達でそんな娘がいる事は聞いていたし、間違いないと思う……」
隊員I「通達ねぇ。本当に国ぐるみでその勇者一行を追いかけてるんだな」
死への恐怖が勝りタガが外れたのか、凪美兵長Bは口調を弱々しくし、聞いていない情報まで口にし出した。
隊員E「それで、その娘はどっちに逃げた？」
凪美兵長B「路地に入って南に逃げていった。今さっき同じ方向に部下を追わせたばかりよ……ねぇ、まだなの？早く足の怪我を……」
隊員E「落ち着け、あと一つだけだ。捕らえた人物がいると言ったな？それは誰で、今どこにいる？」
凪美兵長B「魅光の王国の勇者に同行してきた騎士って聞いてる。だから、残りの一人がその勇者なんだと思うけど……
監禁場所までは私達には通達されてないから……」
凪美兵長Bの口調から、どうやら嘘は言っていないようだった。
隊員E「分かった……これくらいでいいだろう。隊員I、彼女の足を見てやってくれ。
さて、拘束してしばらくどこかに……」
凪美兵長Bの身を隠しておく、手頃な場所がないかと部屋内を見回す隊員E。
凪美兵長B「ごえッ！？」
だが次の瞬間、奇妙な声が背後から聞こえた。
隊員E「！？」
視線を戻すと、凪美兵長Bの喉には銃剣が深々と突き刺さっていた。
凪美兵長B「あ……そん……」
その言葉を最後に頭を垂れる凪美兵長B。
そして銃剣の柄を握るのは、他でもない隊員Iだった。
隊員E「なッ……お前、なんてことをッ！？」
目を見開き、声を荒げる隊員E。
隊員I「は？」
対して隊員Iは、心底不思議そうな顔で隊員Eを見返しながら、凪美兵長Bの首に刺さった銃剣を引き抜く。
彼女の首の切り口から鮮血が噴出したが、隊員Iはそれを器用に避けた。
隊員E「なぜ殺した！？」
隊員Eは責めるような口調で隊員Iを問い詰める。
隊員I「なぜ？……なぜ……？もう情報は聞き出したでしょう？他に何かあったんですか？」
隊員E「何って……情報を吐けば命の保障はすると、彼女には言ってあったんだぞ！？」
隊員I「建前じゃなかったんですか？殺しておかないと俺達の存在がこいつの口から連中に伝わりますよ」
隊員E「拘束して、閉じ込めておけばいい話だろう！彼女はすでに抵抗できなかった！それを殺すなんて……！」
隊員I「それじゃ、少し時間が延びるだけでどの道ばれるでしょう？このほうが確実です、死人に口なし」
隊員E「お前……！」
まったく表情を変えずに言う隊員Iに、隊員Eは次に発する言葉を失った。
隊員I「隊員E二曹、その手の議論は後にしませんか？こいつらの仲間が戻ってくるかもしれません、とっととここを離れましょう」
隊員E「ッ……、分かった……」
隊員I「死体は片付けますんで、二曹は荷物の回収を」
隊員E「……血のついた物も一緒に隠して置け」
隊員I「了解」
隊員Iは凪美兵長Bの亡骸をベッドの下へと引きずってゆく。
その途中で隊員Iは思い出したように再び口を開いた。
隊員I「ああ、そうだ隊員E二曹。こいつが女だからか、手加減してたように見えましたけど？
そういうの、危ないからやめた方がいいですよ」
死体をベッドの下へ押し込みながら、そんな言葉を寄越した隊員I。
隊員E「……」
口調こそ変わらないが、その台詞には隊員Eを非難する意図がはっきりと含まれていた。
死体等の証拠を隠し、免許証など必要なものを回収した後、
二人は宿を後にし、宿から少し離れたところで路地に入った。
隊員E「アルマジロ1-2、応答してくれ。ロングショット１だ」
隊員Eは地図を取り出しながら無線を繋ぐ。
通信『アルマジル1-2です。どうぞ』
隊員E「厄介な事になった……4番の宿にて邦人の宿泊していた形跡を発見。免許証をはじめとする所持品を複数確保した」
通信『了解、邦人本人はいなかったんですか？』
隊員E「あぁ……それだけだ、一足遅かったらしい。どうやらこの町の警備隊が宿に乗り込んだらしい。
邦人は警備隊に捕まる前に逃走したようだが、行方はわからない」
通信『それは……まずい事になりましたね』
隊員E「まだある。警備隊の分隊長らしき人間から情報を聞き出せたんだが、
邦人に同行している二名の女性のうち、片方はすでに警備隊に捕らわれているらしい。
もう一人は不明だが、追われていると見たほうがいいだろう」
隊員Eは得られた情報を伝え終え一息ついてから、再び口を開く。
隊員E「両者の居場所も不明だ。こうなるとこの二名の同行者の回収は難しいかもしれない。
連中からしてみればその二人が本命だろうし、警備隊もこれから厳戒態勢に入るだろう。
……ロングショット1は二名の捜索を断念し、邦人の発見のみに集中したいと考えている。
ペンデュラムに指示を仰いでくれ」
通信『……分かりました。一度切ります』
無線が切れ、周辺に静寂が戻る。
二人は壁に背を預けて一息ついた。
雨は少し前から強くなり、雨音が路地裏内で響き渡っている。
隊員I「“レーベンホルム”を要請すべきじゃないですか？」
隊員E「……まだ早い。我々の手で保護できる可能性は残ってる」
隊員I「だといいですが」
その後、二人は返信が来るまでの数分間無言だった。
通信『ロングショット1、アルマジロ1-2です。ペンデュラムは進言を許可。
邦人の発見、保護が完了次第、回収を要請せよとの事です』
隊員E「了解した……捜索を続行する。ロングショット1通信終了」
通信を切り、隊員Eは壁から背を離す。
隊員I「で、アテはあるんですか？」
隊員E「日本人の黒髪はこの町では目立つ。追われてる身なら大通り等は避ける可能性が高い。
路地を縫いながら南へ向おう。途中の空き家等に隠れてる可能性もあるから、それらも調べながらな」
隊員I「先が思いやられますね」
隊員E「途中で警備隊との戦闘もありうる。よく警戒しろ」
隊員Eと隊員Iは院生を追い、南へと走り出した。
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